タイとオーストラリア

2回目の独り旅は、バンコクとオーストラリアでした。

バンコク空港出国ゲートを出ると、たくさんの怪しそうなタクシーのおじさんが、待ち構えていた。 私は旅慣れているんだ、バンコクはもう何度も来ているのだ、という格好をして足早に空港の外に出る。いちばん人相の良さそうなおじさんのタクシーに乗り込む。見知らぬ所に連れて行かれて、丸裸にされるんではないか、と少し不安だった。

飛ばす、飛ばす。いかに早く目的地に到着するか、自分の仕事にとても熱心なドライバーだった。バンコクから有名なF1レーサーが誕生するのも近いだろう。旅の遍歴には、逆行するが、パリ、ローマの市街を走る車を見て、やはりこのような街の公道で鍛えられて、F1ドライバーは、輩出されるのだろうと思ったものだ。

宿を探すため、スクンビット通りで降ろしてもらう。アスファルトの歩道は頭がくらっとするような暑さだ。「地球の歩き方」の地図を見て宿探しをするが、予想以上にワンブロックの距離が離れていて、炎天下の中を歩くのはしんどい。3軒ほど宿を歩き回って宿を確保する。

ロビーにあるソファにぐたっと座って、さてどこで食事をしようかな、外は暑いから出たくないなと思っていると、受付の女の子が、焼飯を作ってくれると言ってくれました。感激。翌日は、彼女と彼女の友人グループ(男の人もいましたよ)と一緒に 王宮御用達のビーチ、ホアヒンにバスで 日帰り旅行に連れていってもらった。

屋台で一緒に食事をしたり、どうやって会話をしていたのだろう。 よく覚えていません。 私も現地の人に負けないくらい肌が焼けていた。 バンコクでは、肌の白いほうが若者の間では、人気があるそうです。 なぜ、日本人はそんなに肌をやきたがるのだ、不思議そうにしていた。昼間の歩道の熱さと車、オートバイの荒っぽい運転を覚えています。

バンコク3日目は、バンコクからバスで3時間ほど南にあるコ サメット(名前は、よく覚えていない)という島に行く。 バスとミニトラックの荷台を乗り継いで、どんな船で渡ったのかは記憶にありません。 青い海、白いビーチそしてバンガローしかない小さい島でした。水道がなく、雨水を溜めて使うシャワーだった。

バンガローとは、名ばかりの小さい小屋の入り口には、『マラリアに注意』という看板。蚊帳の中に入って寝るが、耳元で蚊が プーンと飛んでいて、頭の中は『マラリアに注意』の文字が離れず、ほとんど眠れませんでした。 一晩中、蚊と戦っていた記憶あり。

蚊取り線香は必需品です。

翌日、小屋の中が暑くなってきたので、我慢できずに午前遅くに起床。小屋を出ると砂浜のビーチでは、トップレスの女性が仰向けになって日光浴をしていた。 いい眺めでした。白いビーチ、青い海と空、そしてトップレスの美しい女性。今でも脳裏に焼き付いている光景でした。

オーストラリア

タイに4日間、滞在してシドニーへ飛ぶ。シドニーからケアンズまでバス旅行。途中、ブリスベンで1泊。何時間バスに乗ったか記憶にない。 40時間くらい乗ったのだろうか? 海外のバスは、どうして冷房がこんなに強力なんだろう。 凍え死んでしまいそうでした。 やっぱり体質が違うのでしょう。

海外では、どこに行っても長袖の服は必要です。

ケアンズでは、ラフティングのツアーに参加。

島の名前は忘れてしまったが、フェリーでケアンズ沖にある島に渡る。 晴れてはいるが、波がかなり高い。最悪。気持ち悪い。高速フェリーが私たちの船を追い越していく。 少し高い運賃を払ってでも、高速フェリーに乗るべきだった。 回りの乗客たちは、我慢出来ずに紙袋を口にあてている。ここで私がやってしまったら、格好悪い。 英語でなんと言い訳したらいいののか、わからない。我慢、我慢。おー、やっと到着。名前を覚えていない島は、それほどたいした事なかった。 帰りは、高速フェリーに乗ったのはいうまでもない。


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