どこいく介護(福祉)タクシー ブログ

三重県津市の介護(福祉)タクシー 患者等搬送事業者(津市消防局認定)|4名様まで乗車可|当日予約OK|外国人対応OK

1990年から2011年まで米国サンフランシスコ

1990年から2011年まで米国サンフランシスコ、サンノゼに在住。
人種のるつぼで、多様性を認める都市に長く住んでいました。

サンフランシスコの旅行会社で働いているときに、電動車いすに乗った日本人女子学生がカウンターまで一人で航空券を買いにきました。サンフランシスコに対岸にあるバークレーに一人で語学留学しているとのことでした。
ホームステイ先の家から地下鉄BARTに乗り、サンフランシスコ市内の駅で降りて、ビルの7階にある会社のカウンターまで一人でやってきました。

地下鉄の駅には、エレベーターが設置されていて、プラットホームと電車のドアの高低差もない。他人の介助を必要としなくても公共交通機関を利用して移動できるように街が作られています。

路線バスは、乗降口が下がり、車いすを乗せる台が歩道の地面まで降りて、車いす利用者をバスに乗せることができます。車内にいる乗客達も、バスが停留所で車いすの乗降の間、誰一人嫌な顔をする人はいません。身障者たちを受け入れる社会が出来上がっているように思います。
一定の人数を収容するレストランは、必ず車いす用のスロープとトイレが設けてありディナーを楽しむ人もよく見かけます。
土地が広いから、このようなバリアフリーの設備が整うのかと思ったものです。

高齢化社会が進んでいる日本は、ユニバーサルデザインのインフラがまだまだ遅れています。
介護事業に関わり始めた私も含め、身障者、高齢者の方たちも声を大きくして行政に働きかけていかないといけないですね。



私の旅行経歴

生まれて初めての海外旅行は、高卒後の春、シンガポール経由でロンドンまでの語学留学でした。約3か月の英国滞在は、19歳の私には衝撃的でした。今、振り返ると日本はバブル、ヨーロッパ各国は不況の時代。 日本人留学生に対して、他国の学生から、日本は車でもなんでも真似していると言われたことをよく覚えています。

22歳のころ、神戸から上海までの鑑真号という旅客船に30時間近く乗り、蘇州、杭州、桂林、そして香港まで旅をして、帰りは飛行機で名古屋に戻ってきました。

23歳のころ、香港 バンコク オーストラリアの3国を10日間。
旅行会社で働く前に一人旅をしてこいと上司からのお言葉あり。

米国渡米前の日本の旅行会社で働いている間にシンガポール、マレーシア、グアム。

米国在住中は、主にヨーロッパ方面に旅行していました。
ドイツ、イギリス、フランス、イタリア、スイス、スペイン、メキシコ。夏のアラスカでサーモン釣り、そしてホノルルは、マラソン2回と友人の結婚式参加。
カリフォルニア内では、ヨセミテ国立公園、レイクタホ。
友人の引越しの手伝いでトラックに乗りサンフランシスコからバンクーバーまで行ったこともあります。

2011年帰国後は、台湾、ベトナム、カンボジア。
米国のサービスに慣れている私は、台北のデパートで、日本式接客に驚きました。
ベトナム、カンボジアの人達の笑顔はとても素敵でした。
ホーチミンからプノンペン行のバスの中で、カンボジア人の男性は、バスでしか旅行できない。日本にも行ってみたいが、飛行機に乗れるような旅行はできないと言っていた。
日本人はいいなって言っていた。

開高健の『若き日に旅をせずは、老いての日に何を語る』をモットーに旅していました。

車中でお客様と旅の話がしたいと思っています。